『自分取り扱い説明書』の使い方

メンタル不調の理由のひとつに、対人関係の問題があります。原因はコミュニケーション不足やコミュニケーション不全が考えられます。どちらもコミュニケーションの行き違いですが、対人関係に悪影響を及ぼします。

職場での対人関係トラブルはストレスのもとです。このストレス源をなくすためにも、自己理解を深め、そこで得た自分の情報を的確に相手に伝えていくことが大切になります。

今回は、コミュニケーションツールとしての『自分取り扱い説明書』を紹介したいと思います。

  • ディスコミュニケーションとミスコミュニケーション。何がどう違うの?

    自分取り扱い説明書

    同じような言葉に見えますが、ディスコミュニケーションとミスコミュニケーションは異なる状態を表しています。

    ディスコミュニケーションとは和製英語ですが、一般的にお互いの意思伝達がうまくいかないことやコミュニケーションの断絶を意味します。なぜこのような断絶が生じるかというと、お互いに「これくらいはわかっているだろう」という思い込みがあったり、暗黙の了解として相手に強く伝えようとしないことが挙げられます。

     

    「言わなくてもわかるだろう」という思い込みは大切な情報を共有しそこねたり、内容を伝えそびれるというトラブルを引き起こします。これらによって業務に支障が出るのは当然のなりゆきで、対人関係のトラブルにもなりかねません。ストレスの原因になるのは言うまでもありません。

     

    では、ミスコミュニケーションを見てみましょう。こちらはきちんとコミュニケーションをとっており、内容も伝えているのにトラブルが生じるものです。ありえないことに思えますが、ビジネスシーンでも頻繁に起こります。これは、伝える側の意図と受け取る側の理解にギャップがあることで生じます。

     

    つまり、伝えた側の意味を、受け取った側が意図通りに理解できなかったことが原因です。

     

    わかりやすい例を出してみましょう。入社したばかりの新入社員は、ベテランの先輩社員の仕事ぶりに対し、次のように表現しました。「先輩の仕事ぶりヤバいですね」

    ベテラン社員は新入社員の評価をどう受け止めるでしょうか。ほめられていると感じるか、悪く言われていると感じるかは、ベテラン社員の側のボキャブラリーによって変わります。

    最近の若い世代が「ヤバい」を良い意味で使うことを知っていれば、ベテラン社員も誤解をしなくて済むかもしれません。しかし、もし知らなかった場合、ベテラン社員は悪く言われたと不愉快になるでしょう。新入社員に対して悪印象を抱くかもしれません。

    新入社員の立場になってみれば、本当は絶賛したかったのに、その意図が伝わるどころか、かえって関係悪化を招くことになってしまいます。このような状態は当然ストレスにつながるでしょう。

     

    ミスコミュニケーションもディスコミュニケーション同様、対人関係のトラブルを引き起こしかねない火種なのです。

     

    メンタルヘルス不調において、対人関係の問題は切っても切り離せません。これらのようなコミュニケーショントラブルを起こさないよう注意を払うことで、ストレスのもとはずいぶん軽減することができます。

  • 自己開示——自分について理解してもらうために必要な情報提供

    円滑な対人関係は、休職者にとって大きな意味を持ちます。休職者のなかには、コミュニケーションに苦手意識を持つ場合も多く、結果的に対人関係がストレスとなるケースも少なくありません。

    復職の準備として、コミュニケーションのトレーニングをおこなうのもこのためです。

     

    では、具体的にどのようなトレーニングをおこなえば、コミュニケーションスキルは磨かれるのでしょうか。

    そのひとつに『自己開示』という手法があります。心理学の用語で「自分に関するプライベートな情報、生い立ちや好みなどを相手に知らせる」ことを意味します。自分の出身地や好きな食べ物、趣味などを打ち明けるのは自己開示にあたります。

     

    たとえばですが、先ほどのベテラン社員と新入社員の例を振り返ってみましょう。

    新入社員が日常のコミュニケーションのなかで「自分の口ぐせはヤバいなんです」とベテラン社員に伝えておいたとします。

    ベテラン社員は、新入社員の生活はそんな危機的状況なのかと心配するかもしれませんね。

    「きみ、何か困っていることがあるならいつでも相談していいんだよ」と、ベテラン社員に言われて、新入社員は初めて気づくかもしれません。

    自分の「ヤバい」が意味するところは「すごい」「素晴らしい」であって、ネガティブなものではない、というのが伝わらない可能性があるということです。

    ここで新入社員が、自分は「ヤバい」をこういう意味で使っている、と正確に伝えられれば、対人関係はどう変わるでしょうか。少なくとも、ミスコミュニケーションによる悪化を防ぐことは可能です。

    その場で、先輩社員から社会人としての言葉遣いについてアドバイスをもらえるきっかけが生まれるかもしれません。コミュニケーションの活性化によりよい循環が生じます。

    新入社員も不要な誤解を受けることなく、先輩社員との関係を構築していけますし、会話が弾んで信頼関係も深まるでしょう。

     

    信頼関係のある対人関係はメンタルヘルス不調にとって、とても貴重な財産です。自分が困ったときに、誤解を受けず、正確に意図が伝わるコミュニケーションが取れる相手を見つけておくのは、復職の準備を考えたときに大変重要です。

    自己開示をうまく活用することで、正しく自分を理解してもらい、ストレスの少ない対人関係を作っていくことは、病気の再発防止にもつながります。

     

    ぜひともコミュニケーションのスキルアップとして自己開示を活用してみてください。

  • 自分を知ってもらうには、自分をよく知ることから始めよう

    自分を正しく伝えるためには、まず自分で理解していなければなりません。自分でよくわからないものを説明するほど不確かなものはないからです。

    そのためにもまずは自己分析し、自分はどのような人間であるのかを知っておくのはとても重要です。そのためのツールとして『自分取り扱い説明書』を作成してみるのもいいでしょう。

     

    取扱説明書と言えば、電化製品などについてくるイメージですが、同じように考えれば大丈夫です。どんな風に扱えば、自分は故障せず、調子よく動けるのか。つまり、心身の調子を維持できるのかを並べていけばいいのです。難しい作業ではありません。

     

    まずは基本的な情報から。

    自分の名前や生年月日、住所や勤め先、SNSのアカウントを入れてもいいかもしれません。

    次は好きな食べ物や好きな映画・本など、自分の趣味をピックアップしてもいいでしょう。

    自分が大事にしているものや、尊敬している人、大切にしている格言などを入れてもいいと思います。

    このようなノートを作ることで、自分を少しずつ理解できてきます。

    苦手なものを書くのもいいですが、好きなもので埋めたほうが幸せな気分になれるかもしれません。

    自分のよい状態を保つために必要なものをどんどん加えていくと、そのノートは自分だけのセルフメンテナンスの指南書になります。

    困ったときにはノートを開き、自分の調子をよくする何かを見つけられれば、ぜひ日常に取り入れてください。あなたの調子が下がるのを防ぎ、そのときの状態を維持するのに役立つはずです。

     

    より専門的に、病気のサインを見逃さないためのメンテナンスツールを作ろうとすれば、『クライシスプラン』を作成すればよいですが、今回は触れずにおきましょう。

    『クライシスプラン』は専門的な知識を持つ治療者と作成するのが望ましいです。興味がある方は、主治医や担当のセラピストに相談してみてください。

     

    さて、今回紹介した『自分取り扱い説明書』ですが、自己理解を深めるだけでなく、コミュニケーションツールとしても活用できます。

    抵抗がない範囲で、周囲の人とシェアしてみるとよいでしょう。自分がどのような人間で、何を好み、どうすれば調子よく過ごせるか、周囲の人に知ってもらえます。

    周囲の人も、あなたへの理解が深まり、思わぬところで親近感を持ってくれるかもしれません。趣味が同じだったり、好きな野球チームが同じだったりと、共通点を見出すことで、相手との距離が縮まります。それだけで、人間の印象は変わるものです。

     

    よい印象を持てる相手として、お互いにつきあうことができれば、対人関係のストレスはぐっと低減できるはずです。

    そして、この質の良い対人関係こそ、休職者が復職する際にもっとも望むものではないでしょうか。

    質の良い対人関係は、風通しのよいコミュニケーションを可能にします。風通しのよいコミュニケーションにより、復職直後の不安や懸念点、色々な思いを相手に伝えることができるでしょう。

    この意味でも『自分取り扱い説明書』は簡単に作成できるものですが、復職への準備として休職期間中におこなって損にはならないと思います。

     

    以下よりダウンロードしてご活用ください。

    ●自分取り扱い説明書(PDF:110KB)

藤澤 佳澄
執筆:藤澤 佳澄
執筆:藤澤 佳澄
大阪大学 大学院人間科学研究科 博士後期課程単位取得退学。大阪大学非常勤講師をはじめ、各種教育機関で教鞭をとる。 メンタルクリニックにて十年弱心理職として従事。「体験型ワークで学ぶ教育相談」(大阪大学出版会)一部執筆。現在は特定非営利活動法人Rodinaの研究所にて、リワークを広く知ってもらうための研究や活動をおこなう。